●HPVワクチン騒動●

HPVワクチン接種後の体調不良について、重大な健康被害としてメディアがとりあげたことにより混乱がおきました。

 

この結果、「怖いワクチン」「接種しない方がよいのかも」と誤解をする人が一定数発生し、その不安への対処として国がその詳細を調査することになりました。

調査のために一定期間「積極的接種勧奨の差し控え」をすることになり、自治体が公費での接種が可能な人たちへの情報提供をしなくなりました。

もともと定期接種のワクチンは、その年に無料で接種できる家庭にご案内をすることになっていますが、それが届かなくなってしまいました。

 

この結果、HPVワクチンの存在を知らない無料で接種できることを知らない無料で接種できる期間を知らない人たちが多数発生してしまいました。

 

ある時気付いたらもう公費ではなく、有料(全額自己負担)となって困っている人たちがいます。

 

【以下はより詳しく知りたい人向けの解説です】

 ●初期の混乱:米国の場合

米国ではHPVワクチンが2006年に世界で初めて承認されました。

その後、報道が大きくこのワクチンについてとりあげることになりました。きっかけは2つありました。

 

1つめ。

他のワクチン のように入学時に接種が必須のワクチンとするべきかという議論が生じました。

米国では、麻疹・風疹のように集団生活上対策が重要な感染症の予防ワクチンをしていないと公立の学校に入学が許可されないといったルールのある地域があるからです。

2007年2月にテキサス知事のRick Perry氏がOpt-out式の導入を決めました。

*オプトアウト式:全員が接種することを基本とし、接種したくない人だけ接種を辞退するやり方です。「どちらか選んでください」とするよりも高い接種率を期待することができます。

 

HPVは空気感染しないので、「個人の自由でよいのではないか」という意見と、「そのようにしたら接種してもらえない子どもが増えてしまう」と心配する意見はメディアでもとりあげられ、一般の人の関心事項となりました。

 

2つめ。

接種した「後に」体調不良となった、というアピールが行われました。

2011年にはBeckerman議員が、「このワクチンを接種した少女が知的発達障害になった」とメディアで伝えはじめました。医療の専門家らが、そのような事例はどこにあるのか探し始め、最終的には懸賞金までかけられましたがそのような事例は把握できませんでした。最終的にこの議員は、「その母親がそういったのだ」と説明をしてこの件は終わりました。

 

 

時系列として、ワクチンを接種した「後に」何か症状が出る、ということは不思議なことではありません。

ワクチンを接種していなくても何か症状が出ることがあるからです。

 

「この原因はワクチンかもしれない」と思うきっかけに、メディア情報が影響しています。

 

 

<参考> ヒトパピローマウイルスワクチン接種後に起きた娘の体調悪化とその回復につい

 

米国では、接種した後におきるネガティブな健康関連の事象を「有害事象」Adverse Eventとして情報収集をします。

この時点では「副作用」「副反応」といいません

なぜなら、報告をするときは「ワクチンと関係があるのかどうか」は判断する必要もない情報だからです。

 

次のような症状はワクチンの「せい」でしょうか。

  ・接種したところが翌日から3日間ほど腫れて痛い

  ・接種した帰り道に自転車で転んだ

  ・接種をした3日後に下痢をした

  ・接種をした2週間後に頭が痛い

  ・接種をした半年後にインフルエンザになった

 

販売直後はニュースにもなり、人々の関心も高く、副作用について報道されれば報告も増えます。

一定の時間がすぎると関心は低下し、調査の結果「ワクチンのせいではないらしい」ことが報道で伝われば、ワクチンと関連付けて体調不良を考える人も減ります。

 

左の図は米国におけるHPVワクチン接種後の有害事象報告のグラフです。年々接種をする人は増えますので、もしもHPVワクチンが理由で症状が出る人が一定数発生するようでしたら、このグラフは右肩上がりに増加していくことになります。

しかし、分母(接種する人)は増えているのに分子(報告する人)は減っています。なぜでしょうか。

人々の関心の続く時間の限界、報道の影響を考える必要があります。

MMWR July 26, 2013 / 62(29);591-595

 

Human Papillomavirus Vaccination Coverage Among Adolescent Girls, 2007–2012, and Postlicensure Vaccine Safety Monitoring, 2006–2013 — United States

 

では、日本ではどうでしょうか。

Tsudaらによる日本のHPVワクチン関連の報道記事の動向調査では、2013年3月8日のセンセーショナルな新聞記事を起点とし、ネガティブな内容の記事(青色)が増えてえいったことが把握されています。

厚生労働省が自治体に「積極的接種勧奨の差し控え」の連絡をしたのは2013年6月14日でした。

 

このあと、ワクチン接種のご案内が行われなくなった日本でのHPVワクチン 接種率は1%以下まで低下しました。

 

 

Clinical Infectious Diseases, Volume 63, Issue 12, 15 December 2016, Pages 1634–1638, 

 

Trends of Media Coverage on Human Papillomavirus Vaccination in Japanese Newspapers

混乱を終わらせるためには、メディアが以前の報道について修正し、新しい情報を発信していく必要があります。

<参考文献>

Okuhara T,  Ishikawa H, Okada M, Kato M, Kiuchi T.

Newspaper coverage before and after the HPV vaccination crisis began in Japan: a text mining analysis

BMC Public Health. 2019 Jun 17;19(1):770.